230702

 私は出版会社の社員で、六本木ヒルズに来ている。六本木ヒルズは33階建てで、最上階が図書館になっている。図書館に行くにはエレベータに乗る必要があり、エレベータはある高さのところで折りかえし、空中の回廊のような道のりをたどる。
 エレベータに乗ると、大きなバックパックに缶飲料を入れる段ボール箱を括りつけた男と一緒になる。階を指定するボタン近辺に留まる男は、中空に目線を定めたままその場を動かず、その服からは長く洗っていないもの特有の汗のにおいがする。私が33階を押そうとするが、男はまったく動くことなく、私の着ているコートの袖に顔がつき、吐息で袖が湿る。
 エレベータが上がりだすと、動かない男に別の男が声をかける。偶然乗りあわせていた男は、前職の同僚のMであった。周りに気を配らないといけない、と男に語るMに対して、男は小さな声で話しはじめる。男は大正生まれで、玩具の代理店に勤めていたが、時代とともに代理店の仕事はなくなり、今の境遇(明言はしないがホームレスだろう)になった。今日男が図書館を目指すのは、私の勤める出版社の編集から声がかかり、本を書くことになったためだ。編集との待ちあわせはもう少し後、六本木と乃木坂の間にある場所である。私は、玩具の代理店という経験は珍しい、きっと面白い本が書けると伝える。
 私たちが男の話を聞く間に、エレベータは回廊を渡り33階に着く。33階には屋外のプールがあり、私は男やMとそこで分かれる。振りかえるとプールの対面に、死んだ祖父と従兄弟がいる。私は足を使わない平泳ぎで25m移動し、昨日東京に帰ったのではなかったか(六本木ではあるが、私はそこを東京と認識していない)、と従兄弟に声をかける。